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意識の低い政治学徒だった人の日記。週末サウナー。

曽和利光(2018)『人事と採用のセオリー:成長企業に共通する組織運営の原理と原則』ソシム

 人事として仕事をするにあたり、部署内のさまざまな業務がどのように関連し合っているかを頭の中で整理しようと思い、本書を読むことにした。OJTの名の下に「とりあえず目の前の業務を頑張れ」的な状態になりがちなうちの会社なので、業務の全体像は自分で理解するように意識しなければならない*1

 さて本書。『人事と採用のセオリー』という書名にもあるように、「成長企業は一様に、組織運営の原理と原則に基づいて、人事と採用を行っている」(p.3)ことを踏まえ、そのセオリーとは一体何なのかを論じようという本である。すべての企業に当てはまる一般的なセオリーはないとしながらも、「心理学と組織論をベースにした人の行動科学」に基づきながら、「成長企業は、事業モデルや市場環境、人員構成や企業文化に基づいて、自社にフィットする組織や制度を選んでいる」(p.4)。したがってこのような心理学と組織論を踏まえて組織運営を行うべきではないか、というのが本書の基本的な問題意識になるわけです。この問題意識を持ちながら、1-5章では人事のセオリーとはいかなるものか、6-10章では採用のセオリーとはいかなるものか、が論じられていきます。

Part1 人事のセオリー

1章 そもそも、人事の役割とは何か

 第1章では、人事の役割を整理します。ここでは採用、育成、配置、評価、報酬、代謝という6つの機能があるとします。その上で、それぞれの役割はバラバラに遂行されてはならず、一貫性を持って業務に当たらなければならないことが論じられます。簡単に言えば、新卒採用で人材の大半を獲得しているのに入社後の教育にリソースを割かなければ戦力として伸びていかないでしょうし、どのような社員が活躍しているかという分析の結果と無関係に新卒採用面接の評価基準を設定したり、という状況は各業務の一貫性がないわけです。どのような一貫性を設定するかは、事業内容や市場の成長度合いによって変わってくると思いますが、事業環境に左右されない企業風土など「容易に変わらないもの(p.26)*2」を踏まえて設定するのが良いのではないか、とされています。

2章 組織の成長に応じて、人事の考え方は変わる

 第2章では、企業が成長する中で人事方針も変わりうるということを論じています。少人数の組織であれば1人の管理者ですべてマネジメントすることができますが、一定の人数*3を超えると中間管理職を設置してマネジメントしなければなりません。少人数であれば、がむしゃらに顧客満足を提供し続けることをモチベーションの源泉にしても良いでしょう。しかし人数が増えてくると、部下のモチベーションをどのように高めていくかが変わってきます。目標を与えて自由なやり方をやらせてみるのか、事前に各部門に計画を策定させて部分最適を修正してみるのか、やり方によってモチベーションの与え方が変わってくるということが論じられます。

3章 採用と代謝は1つの流れで考える

 第3章は、採用と代謝(退社?)はセットで考えなければならないことが主張されます。組織としてあるべき人員構成がある中で、役職の数には限界があり、ピラミッドの上位まで残れる人には限界があります。無理して採用しすぎると、将来的に人員が膨れ上がってしまい、強制的に代謝させなければならない状況に陥るかもしれません。こうなったときに、強制的に代謝させるのは企業にとっても従業員にとっても負担が大きいです。
 基本的に、人事の中で最も優先するべきは、まだ見ぬ人材のリクルートである採用で、ここに力を入れなければ人材不足を招きかねません。他方、あるべき人員構成を達成する以上に採用に力を入れすぎると、ポスト不足に陥ります。こうならないためには、退職率のマネジメントが必要になります。場合によっては、意図的に退職率を上げるためのマネジメントも必要になってくるわけです。社外に持ち運べるポータブルスキルを身につけさせる教育研修に力を入れることで、退職率を上げることができるという観点は、言われてみれば納得感がありますが、目から鱗でした。

4章 配置によって人を育成する

 第4章は、人材育成のために配置を行うという点が論じられます。短期的に見た時に一番成果を上げやすいのは、人材の再配置を行わず現状維持しておくことです。再配置を行うと、新たな業務の習得に時間を要しますし、環境の変化は社員にも組織にも負荷を与えます。しかし、中長期的に見た場合、新たな環境へ容易に適合できたり、新しい能力や考え方を習得できる人材が多い方が、組織全体の成長に貢献します。今の業務をこなしつつ、将来に向けた人材の再配置も考慮し、最適な異動バランスを見極めるのが配置なのです。
 配置の際に重視するべきなのは、個人の能力が中心となります。しかしそれだけではなく、配置する人と配置先のメンバーとの相性も見なければなりません。働く人のマッチングが悪いと、離職リスクを高めてしまうのです。マッチングの良い相性とは一般的に、同質的な組織と、メンバー間の補完的な関係を重視する組織があります。どちらを優先するかは、組織が対処するべき課題を見ながら判断するのがよいとのことです。

5章 評価と報酬では納得感を担保する

 第5章では、評価や報酬をモチベーションの源泉とするためにはどうするべきかが論じられます。納得感のある制度設計はどのように行うべきか、という点です。ところが、評価や報酬の制度はいわゆる「外発的動機付け」なので、ここに力を入れすぎると、「内発的動機付け」を阻害してしまいます。そこで、まずは評価・報酬に関する制度は、いきなり完璧な制度を設計しようとするのではなく、まずは不満を持たれないような納得度を目指すという観点を持つことが大事とされます。「評価と報酬のルールを決めるのは、理想を実現する行為ではなく、不完全であることを承知の上で、最大多数の最大幸福を探る行為なのです」(p.111)。
 何を評価の対象とするべきか、という観点からは、いくつかの要素があります。生活・役割・能力・行動・成果・過去の功績などです。とはいえ、最終的には何を評価すれば社員の納得感を得られるかが大事です。絶対評価相対評価のどちらを選ぶかも含め、どうすれば納得感のある制度になるかを考えなければなりません。

Part2 採用のセオリー

6章 採用計画はどのように立てるのか

 第6章からは採用のセオリーに入ります。ここでは、採用の一番最初に行うべき、採用計画の立案が論じられます。よくある勘違いが、各部署で不足する要因を補う手段が採用という考え方です。ただし、すべて内製で採用しなければならないかどうかは別の考え方です。まずは業務委託や外注で対応できないなど、採用で対処するべき人員数を決めていきます。
 人数が決まったら、どのような人物を採用するか、求める人物像を設定します。ここは自社の業務を適切に遂行できる人材はどのような能力・性格かを推定して導き出す演繹的なアプローチと、成果を上げている現役社員を分析して導き出す帰納的アプローチが考えられます。「一般論ですが、事業環境が安定している場合、現在のハイパフォーマーから抽出した帰納的アプローチが有力で、事業環境が激変している場合、演繹的アプローチが有力です。特に近い将来、これまでと異なる人材が必要になりそうであれば、演繹的アプローチを重視した方がいい」(p.157)とのことです。
 求める人物像が定まったら、さまざまな要素の中から何を重視するか、優先順位をつけていきます。特に意識するべきは、入社後の育成が難しい先天的要素か、入社後に伸ばすことができる後天的要素か、という観点です。先天的要素を持つ人物を採用し、後天的要素は採用後の教育研修で伸ばしていくというアプローチをとるのが良さそうです。

7章 候補者集団を形成し、選考する

 第7章では、採用の候補者集団(採用母集団)をどう作って絞り込んでいくかを議論します。第6章で作り込んだ求める人物像にリーチする採用プロモーションの手段は、オーディションのようなPULL型と、スカウトのようなPUSH型に分けられます。自社ブランドが強く、求める人物像にとっても魅力的なものであればPULL型プロモーションを重視し、自社ブランドが固まっていなかったり知名度が低いなどの場合はPUSH型プロモーションに力を入れるのが良いとされます。PULL型で重要なのは、「求める人材のみを集める」という点です。RJP: Realistic Job Previewを行うなど、求めていない人材には諦めてもらうセルフスクリーニングを実現することで、PULL型プロモーションの効率化を目指します。ただし、序盤からRJPを行ってしまうと、求める人物像も離れてしまうかもしれません。まずは興味を持ってもらい、その後RJPを実施するのが重要です。
 採用母集団を形成できたら、どうやって選考していくかを設計していきます。選考プロセスは①歩留まり、②ステップ、③コンテンツという3つの要素で構成されます。歩留まりについては、エントリーしてから内定に至るまでの、受験率、選考各ステップの通過率、途中辞退率、内定辞退率などを指します。これをどの程度で想定して進めていくかを検討します。一般的には、過去の数字を見ながら歩留まりを予測することが多いですが、これまでの取り組みがベストプラクティスではない可能性もあるため、本当にそれでいいのかは少し気を遣っても良いかもしれません。
 続いてステップとコンテンツの設計です。何回選考するか、選考期間はどれぐらい確保するか、どのような手段(面接・筆記ほか)を採るかなどです。歩留まりのモニタリング状況を見ながら、採用人数が少ないのであれば重めのESを設定する、エントリーを増やしたいのであれば説明会の頻度やチャネルを増やすなど、自社の置かれた状況を見ながら作り込んでいきます。

8章 面接の質を向上させる

 第8章は面接の作り込みです。いかに質の高い面接を行うかという観点です。まずは面接の基準づくりです。面接は1回ではないので、どの面接で何をみるかをきちんと検討し、面接で見極めるべき焦点を明確にしておきます。初期の選考では質問意図を理解しているか、的確に応答できているかなど基礎能力に注目し、中期の選考ではパーソナリティや自社の理解度などによってスクリーニングし、最終選考では相対順位を決めて誰に声をかけるかを見極めていきます。
 質問で何を聞くかという点も重要です。まず聞くべきは、候補者の過去のエピソードです。エピソードに対して何を思ったかではなく、事実そのものをきちんとヒアリングすることで、コミュニケーション能力や論理的思考力がわかります。そのエピソードは、他の人と関わりながら頑張ったことや、苦労したエピソードであると望ましいです。会社では一人で業務にあたることは少ないですし、困難に直面した時にどう行動するかがわかるためです。

9章 優秀層を確保する

 第9章は、優秀層をどうやって確保するかです。8章の中で、後期の選考では相対順位を決めていくとありましたが、最終面接の中では順位づけをしていかなければなりません。可能であれば、最終選考は少数の担当者で行うのが理想的です。面接官が増えれば増えるほど、基準にばらつきが出るからです。
 もう1つ、採用担当として知っておくべき黄金則として、「新卒・中途を問わず、ほとんどの採用において、初期の応募者の方が優秀層であることが多く、内定が出る確率も高い」(p.227)というものがあります。これを前提に、同じステップの面接でも、初期で合格率を上げつつ後期はハードルを上げて調整することで、初期に来た優秀層を手放さないようにすることができるのです。
 しかし、優秀層は他の企業からも引く手あまたです。辞退されてしまう確率も上がります。こうならないように、内定者フォローにも注力しなければなりません。採用担当者のパワー配分は、優秀層のフォローに一番力を入れられるよう、選考プロセスそのものを工夫しなければならないのです。運営にリソースを割くのではなく、そこで見つけた優秀層をどうフォローするかを考えなければなりません。
 フォローにおいて重要なのは、「仕事やキャリアに対する内定者の思考や価値観」(p.242)です。どのような不安を抱えているかをヒアリングし、その不安解消に努めなければならないのです。その際、内定者がすぐに心を開くことはありません。まずは採用担当者自身が自己開示することで、内定者の共感を得ることが大切になってくるのです。

10章 中途人材や外国人を確保する

 第10章は、中途採用や外国人の採用です。新卒採用と中途採用の大きな違いは、人材エージェントが間に入るかどうかが大きいです。このエージェントをどのように活用するかがポイントになってきます。エージェントのモチベーションを高めるための手段の1つとしては、1社のエージェントとエクスクルーシブな契約を締結することが挙げられます。特定のエージェントにしか人材の紹介を依頼しないことで、そのエージェントのモチベーションをアップさせることができます。この他、エージェントが紹介してくれた人材にはできるだけ多く会うというのも、エージェントのモチベーションを高める上では有効です。紹介した候補者が門前払いされて気分のいいエージェントはいませんので、まず会ってみるという態度を示すことも重要になってきます。さらにエージェントとの信頼関係を構築していく上では、不合格とした人に理由を明確に伝えることも重要です。エージェントに不合格理由を明確に伝えることができていれば、エージェント側も学習してマッチングの精度が上がってくるのです。その他、エージェントに求人案件をメールで送るだけでなく、事務所に出向いて担当者に人物像を紹介することも有効です。求める人物像が明確に伝わるだけでなく、エージェントとの信頼関係も強まります。

感想

 以上、『採用と人事のセオリー』の概要である。個別のプロセスの中で「こうしたら良い」という気づきもいくつかあったものの、全体としては①会社として人事に一貫性を持たせなければならない、②一貫性の中でモチベーションマネジメントをきちんと行うことで人事施策がより高い効果を上げる、という2点がポイントであるように感じた。
 ①については、自社の現状を見るに、個別の施策の連携が取れておらず、採用は採用、育成は育成、配置は配置、という状況にあるので、人事課として一貫性を持つという点に管理職を意識づけしていく必要があるように思う。
 ②については、第5章と第10章でそれぞれモチベーションに関する話が出てきたことにある。社内の人材のモチベーションマネジメントには納得感が重要であるという話と、外部の人材獲得に当たってもエージェントのモチベーションを高める取り組みが有効という話になっていて、社内外を問わず相手のモチベーションをどう高めていくかが人事としての関心事であるべきなのだろうと感じた次第です。

*1:個々人で問題意識を持ちながら仕事をするという意味では大事だが、若手に対してそういう指導をしているわけではないのが微妙なところである。

*2:ここでは事業戦略、社会的な使命やビジョン、経営者の考え方や価値観、組織文化、従業員の特性、などが例として挙げられていました。

*3:本書ではイギリスの経営学者アーウィックの議論を踏まえ、1人の管理者がマネジメントできる人数は6名ほどとしていました。