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意識の低い政治学徒だった人の日記。週末サウナー。

山口慎太郎(2019)『「家族の幸せ」の経済学:データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』光文社新書

 本屋で見つけて買ってしばらく積ん読にしておいたら、サントリー学芸賞を受賞されたそうなので、年末年始で読むことにした*1
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 経済学っぽい新書も時々読んでいたが、本書が面白いのは結婚、出産、子育て、そして離婚という人生のいくつかのライフステージに焦点を当てて、それらを従属変数とした数多くの研究をわかりやすく紹介してくれている点にある。齢29の筆者がこれから迎えるであろうライフステージを対象にしていることもあり、終始面白く読めた。

本書は何を論じているのか?

 具体的に本書で取り上げられているリサーチ・クエスチョンには、以下のようなものがある。

第1章 結婚の経済学
・人はなぜ結婚するのか?
・どうやって出会うのか?
・どういう人同士が結婚するのか?

第2章 赤ちゃんの経済学
・出生体重は子供の将来を左右するか?
帝王切開での出産は子供の将来を左右するか?
・母乳で育てるかどうかは子供の将来を左右するか?

第3章 育休の経済学
・育休制度は国によってどれぐらい差があるのか?
・育休制度はお母さんの働きやすさにどう影響するのか?
・お母さんが育休を取って子供を育てるべきなのか?
・育休はどれぐらいの期間必要なのか?

第4章 イクメンの経済学
・なぜお父さんは育休を取らないのか?
・お父さんが育休を取るためにはどうすればよいのか?
・お父さんが育休を取るようになるとどういう効果があるのか?

第5章 保育園の経済学
・幼児教育を行うと子供にどのような影響があるのか?
・幼児教育を行うと親にどのような影響があるのか?

第6章 離婚の経済学
・離婚が多い国はどこなのか?
・離婚法が変わるとどのような影響があるのか?

 本書では以上のような問いに答える研究を紹介していくのだが、なかなか因果関係を明らかにするところまで至っていないのが、難しいところである。

 第2章で帝王切開とその後の発育状況についての研究を紹介しているが、世の中には様々な母子がいる中で、「帝王切開した/帝王切開しなかった」という変数だけが異なる家庭を観察することは事実上不可能といえる。帝王切開を行うことによる傾向は見出されても、なぜそうなるのかという因果関係の特定まで行えるような研究を、倫理的な観点もクリアさせながら設計するのは難しいようである。

 第5章でも、保育園などでの幼児教育とその後の影響についての研究を紹介しているが、ここでは被験者を無作為に抽出することで、注目する変数以外はコントロールできているものとみなしている。とはいえ、無作為抽出で大規模な追跡調査まで行えるようなプロジェクトは1人の研究者では到底遂行できないので、体力のある研究機関でプロジェクトとして立ち上げなければならない。このあたりの資金確保やプロジェクトマネージメントができる人材がいないと、因果関係まで明らかにできるような研究の設計には至らないのかもしれない。

幸せな家族になるために?

 さて、家族を主題にした研究を紹介している本書から、何を学んだか。いかにして幸せな家族になるのか。

 1つは、ミクロな幸せをどうやって実現するかという点。それぞれの家族にとって、どういう状態が幸せかは教えてくれない、ということである。どこで出会う人が多いかを知っても、自分がそこで未来の配偶者と出会えるかどうかは別の話である。子供の出産方法・両親の育休・幼児教育で発育にどのような影響があるかという一般的な知見を得ても、生まれてくる子供をそのように育て(られ)るかは別の話だし、そのように育てたら幸せなのかというと、それはまた別の話になってしまう。結局、どういう状態にあるのが幸せなのかは未来の配偶者と2人で決めることなのだ。そこで見出した「幸せ」を実現するために本書の知見は活きるかもしれないが、その選択肢を取ったことで幸せになれるのかは誰にも分からない。ミクロな幸せは一般的な傾向を知っても実現できるとは限らない。

 もう1つは、マクロな幸せをどうやって実現するかという点。他国の傾向と因果関係を理解すれば、国民に幸せを実現してもらうためにどのような政策を立案するべきかを検討する際の知見として活かせるだろうということである。個々の家族が幸せになっているかどうかは分からないにせよ、幸せだと感じている家族を増やすために政策を打つことはできる。思いつきの政策ではなくて、他国の事例の実証的な知見に基づいた政策を行うことができれば、期待した効果が得られる可能性は高まるはずだ。「国民にとってどのような状態が幸せなのか」ということを考える人にこそ読んでもらいたい本かもしれない。

*1:善教将大(2018)『維新支持の分析:ポピュリズムか,有権者の合理性か』有斐閣も買っているので、なんだかんだ重要な本は手に入れてるんだなあ、などと思った次第。買うだけじゃなくて読めというご指摘はありがたくいただきます。