サウナと野球と時々カメラ

意識の低い政治学徒だった人の日記。週末サウナー。

塩出浩之(2015)『越境者の政治史:アジア太平洋における日本人の移民と植民』名古屋大学出版会

 ゴールデンウィークはどこにも行けないので、家でひたすら積ん読を消化していくことにした。せっかくなので腰を据えてないと進まないような、ゴリゴリの研究書を読もうと思ったので、ずっと積んであった本書を読むことにした次第。

 2016年のサントリー学芸賞受賞作ということで、読もう読もうと思ってはいたものの、政治史で500ページ級の大部な著作はほとんど読んだ記憶がなくて躊躇していたのだけど、結論としては読んで大正解だった。学生時代から主に読んでいた国内政治(中央政治・地方政治ともに)の研究からは得られない、権力の持つ暴力性だとか、民族間の支配従属関係やそれに紐づくナショナリズムの勃興を見せつけられることとなった。出版社のリンクとサントリー学芸賞の書評ページは以下の通り。

越境者の政治史 « 名古屋大学出版会
塩出 浩之『越境者の政治史 ―― アジア太平洋における日本人の移民と植民』 受賞者一覧・選評 サントリー学芸賞 サントリー文化財団

本書の概要

 本書は近代において日本から各地に渡って行った移民や植民が、現地社会にどのような政治的影響を与えてきたかを「民族」に注目して描き出す試みとなる。本書の特徴は「民族」への注目である。

 「国民国家」を中心に据えて描かれることが多かった従来の政治史研究に対し、本書が新規性を持つのは「近代を通じて、国民国家が規範的単位を超える実在となったことは実際にはな」く、「支配領域をたびたび変えてきた主権国家と、空間的境界を持たずに移動し変容する不定形な民族集団とであった」と見る点である(p.422-3)。本書で描かれていくのは、民族と国家は必ずしも単一民族による国民国家としては統合されておらず、国際環境の中で主権国家が国境線を画定しても民族は必ずしもその範囲に包摂されず各地に点在しており、各地で民族間の利害を反映しながら権利獲得が目指されてきた様子である。

 具体的には、日本人が支配的な地位を有していて人口的にも多数を占めていた南樺太への植民活動、属領統治のもと支配的な地位を得てはいたが人口的にはマイノリティとなった朝鮮や台湾における植民活動、白人支配の中で中国人に代わる安価な労働力として植民して人口的なマジョリティを確保したハワイにおける植民活動、さらに関東軍支配のもとで日本の影響下にありながら独立国としての体裁を取らざるを得なかった満洲国における植民活動を記述していく。いずれの地域においても、「日本人」の中の大和人と沖縄人の意識的な優劣関係、「東洋人」の中の日本人・朝鮮人・中国人の利害対立*1を前提としながら、支配層として植民した日本人は本国と同等の権利を得るために政治参加を進め、労働力として植民した日本人は現地人と同等の権利を得るための取り組みを目指すことになり、その中で民族間の連携や分断が発生するのである。

 他方、日中・日米間で開戦を迎えると、それまでに形成されてきた民族間の政治秩序が大きく変動してしまう。開戦を経て日本を敵性国家とみなすようになった国においては、強制的な立ち退きや収容所における監視下の生活を強いられるようになってしまう。その中で、日系住民は植民先の国家から忠誠を試されることとなる。従軍することで忠誠を誓えば市民権も剥奪されない一方、忠誠を拒否すれば敵性外国人として日本への強制送還となってしまうのであった。忠誠登録自体を忌避し日本に送還された人もいれば、忠誠を受け入れて日本からの離脱と現地社会への統合を目指した人もいた。

 その後終戦を迎え、各地に点在する日本人は強制送還の憂き目にあうこととなる。この時、それまでは同じ「日本人」として日本国籍を有していた大和人・沖縄人・朝鮮人・台湾人のうち、後3者は連合国軍によって「非日本人」と定義され、沖縄人は「琉球人」として取り扱われるようになった。日本国籍を有していながら、大和人は日本の国境内部に送還され、沖縄人は米軍占領下の琉球地域に送還された。他方、朝鮮人と台湾人は送還対象から外されたほか、サンフランシスコ講和条約の発効をもって日本国籍も剥奪されたのである。大和人以外は、在住地と国籍が異なる状況を強いられることとなってしまったのである。

感想

 学生時代から読み慣れてきたポリティカルサイエンスとは大きく異なる政治史の研究書だったので、ゴールデンウィークで他に取り立ててやることがなかったにもかかわらず読み進めるのに4〜5日を要してしまった。その代わり、今まで読んできた研究ではなかなか感じることのなかった、国家の持つ権力が個々の国民に与える影響の大きさや暴力性、民族としてのアイデンティティを維持するために用いられる自国語での教育をめぐる攻防、権利獲得のための理論武装の中に垣間見える他民族を劣位に置こうとする感覚*2など、政治が持つグロテスクな面を見せつけられてしまった。

 個人的には、本書を読んで「権力」が政治学の中心的なテーマである理由がはっきり見えたように思う。すでに触れたように、国家間の意思決定として国境線が画定された結果、領域外にいる国民は(ほぼ)意思にかかわらず権力を用いて強制送還させられてしまった。植民先と開戦してしまったときに忠誠と従軍を迫ることができるのも、強制送還できる権力があってのこと。こんなにあからさまな権力の暴力性というのは現代日本政治の研究を読んでいてもあまり感じることがない(と思っている)ので、やはり政治学をやる上でも自身の専門に限らず一通り勉強しておく必要があるのだということを痛感した。

 普段読み慣れない概念が多かったり、単純に集中力が持たなくてきちんと読めていない部分も多いはずなので、近代アジア史や植民地について勉強しなおした後に再読するとまた違った理解ができるかもしれない。

*1:特に民族間の関係構築においては、人口的なマジョリティを確保できているかどうかが大きな影響を持った。

*2:たとえば、南樺太における地方議員の選挙において、導入の背景に住民の大半が大和人であって本国と同一の権利が与えられるべきと主張していながら、先住民には参政権が与えられなかった点など。もっとも印象に残っているのは第7章の二の(2)で描かれているような、大和人と沖縄人と朝鮮人の意識である。大和人と沖縄人と朝鮮人はともに日本国籍保有者でありながら、大和人は沖縄人を被支配者として劣位に置こうとしており、他方で沖縄人も日本の支配下に入って間もない朝鮮人に対して優位に立とうとする発言が出ていた。

Mac mini 2020を買った話

 COVID-19の煽りを受けて、2020年のゴールデンウィークは実家に帰ることもなく一人でひっそりと自宅に引きこもることになるだろうと思ったので、思い切ってPCを買い換えることにした。新しいPCを買えばいろいろ使いたくなって時間を潰すこともできるだろうし、MacBook Airから買い換えれば画面も大きくなって動画コンテンツも今以上に楽しくなるだろう、という計算もあった。

 元々使っていたPCはMacBook Air 11インチのEarly 2014モデルだったのだけど、かれこれ5年以上使っていたこともあってか、最近急に重くなったり突然落ちたりするなど挙動が怪しくなっており、Mac miniに2020年モデルが出たのを見かけて乗り換え候補かなと考えていた。そんな折、悲しいかなCOVID-19の流行で3月末ごろから外出自粛の流れになり、サウナもいかなければ飲み会もなくなり、ゴールデンウィークの帰省も取りやめにして資金的に余裕ができたので、思い切ってMac miniを買っちゃうことにしたのである。

買ったもの

Mac mini

 今回買ったMac miniは2020モデルの最廉価モデルである。お値段は税込¥91,080なり。元々ハードな使用はしないライトユーザーだし、今まで使っていたMacBook Airでスペック的に不便を感じたことがなかったので、Mac miniも最廉価モデルで大丈夫だろうとの判断である。スペックは以下の通り。

 CPU: 3.6GHzクアッドコア第8世代Intel Core i3プロセッサ
 メモリ:8GB 2,666MHz DDR4メモリ
 ストレージ:256GBSSD

www.apple.com

 ただしMac miniは本体のみで、ディスプレイ・キーボード・マウスなどの周辺機器は別途用意する必要がある。そこで、周辺機器として以下のものもあわせてポチることにした。

ディスプレイ

 ディスプレイに選んだのはiiyamaのXB2481HSU-B4である。
www.mouse-jp.co.jp

 最近職場のPCがリース切れでリプレースされたときに、デュアルディスプレイ用として支給されたのがiiyamaのXUB2493HS-3というディスプレイで、普通に使う分には問題がなかった上に、スウィーベル(左右方向の角度調整)・チルト(上下方向の角度の調整)・昇降・ピボット(縦横の回転)に対応したディスプレイが20,000円前後で買えるのか、と驚いた記憶が残っていた。そこで、安易な考えで同じものを買おうと思ってAmazonを探検していたものの、HUB2493HS-3は在庫切れになっていたので、ディスプレイ表示方式がIPSではなくAMVA方式*1のXB2481HSU-B4を選ぶことにした次第。Amazonで税込¥20,269なり。

キーボード

 キーボードは一気に奮発して、キーボード界最高峰との呼び声も高い東プレのRealforce for Macを買ってしまった。
www.realforce.co.jp

 チョイスしたのはJIS配列でテンキーレスの変荷重タイプ。職場ならいざ知らず自宅ならテンキー不要だし、静音である必要性もなさそうだし、今までJIS配列一筋できた人がいきなりUS配列に変えるメリットもなさそうだし、ということでR2TL-JPVM-WHというモデルをお買い上げ。

 打鍵感はよく言われるスコスコという感じよりはトコトコという感じ(擬音の問題?)。体感的にはキー荷重が職場のメンブレンより重いのか、ある程度打っていると指が疲れてきてしまうのだけど、どうやらキーが底付きしなくても入力されているようなので、ほどよい押し加減を体得して底付きするまで打たなくなれば、今以上に快適な打ち心地になりそう。キーの反発があって打った後に指が押し戻されてくる感覚があるので、押し加減と組み合わさると俗にいうフェザータッチが体感できるのだろうと思う。それでもトコトコという打ち心地は楽しいので、GWの引きこもり中に何度かブログを更新することになるかもしれない*2

 ただ、スリープ復帰時の反応がちょっと遅く、キーを押してからLEDランプが点灯するまで少し時間が必要で、そこから立ち上がってパスコード入力画面が出るまでもう少しかかる(それでもトータル7〜8秒ぐらいだと思う)。MacBook Airのスリープ復帰が速すぎたので、それと比べるとちょっと遅く感じてしまうというお話。

もともと持っていたもの

 周辺機器の中で、スピーカーとマウスは今回買わなかった。スピーカーについては従来から使っていたJBLPebblesというUSB接続の外部スピーカーを持っていたことに加え、マウスも会社で使うために自前で用意していたナカバヤシのMUS-BKF143Rを自宅に持って帰ってきたので、とりあえず今回は発注していない。しかしマウスは会社と家を行き来する度に持ち運ぶのが面倒なので、Magic Trackpadを買ってマウスは会社専用にした方がよさそう。せっかく進む戻るのボタンがついているのに、Macじゃ使えなくて持て余している…
jp.jbl.com
www.nakabayashi.co.jp

感想

 今までの11インチMacBook Airからいきなり23.8インチに変わり、画面が一気にデカくなったので違和感がすごい。Tweetdeckで表示される範囲も一気に広がったし、YouTubeを見ても動画がめちゃくちゃデカい。

 思わぬ副産物として、ディスプレイだけ電源を落とせるようになったことがメリットとして挙げられる。今までのMacBook Airだと本を読む時にBGMを流しても画面が表示されているので、集中するまでの/集中が切れたタイミングでPCを触りがちだったのが、そういったことがなくなったので、読書のスピードが上がりそうな気がする。

 もう一つ盲点だったのがMac miniの拡張性の部分。背面ポートにはUSB3.0が2ポート、HDMIEthernetが各1ポート、thunderbolt(USB-C)が4ポート備わっているのだけど、従来環境からの乗り換えだとTime Machine用のHDDとスピーカーでUSB3.0ポートを使い切ってしまい、写真を保管しているHDDやScanSnapを接続する場所がなくなってしまった。現状でthunderboltポートは1個も使っていないので、USB-Cに接続するUSB3.0ハブを買わないといけない*3

 最後に買ったものとは関係ないのだけど、通販サイトの配送について。今回はMac mini本体はAppleのサイトから購入し、それ以外の周辺機器はAmazonで手配したのだけど、COVID-19の流行で通販を利用している人が多いのか、珍しくAmazon発注品の到着に数日を要したのが印象的だった*4Amazonなら24時間以内に到着するのはザラにあるのに、今回はディスプレイもキーボードも3日後の到着となった。出荷までに2日ほどかかっていたので、倉庫でピックアップする人が足りていないのかもしれない。忙しい時期に手配してしまい申し訳なさもあるものの、おかげさまで快適なPC環境が構築できたので物流業界を支えてくれている方々に感謝しきりである。

*1:ディスプレイの違いをよく分からないなりに調べたところ、VA方式はIPS方式より視野角が狭いとのことだったけど、自宅では常に正面から見るので視野角は気にしなくて良いと思ったので、Amazonで在庫があったAMVA方式をポチった。結論としては何も問題がなく、いい買い物だったと思う。

*2:珍しくブログを書いているというのも、Realforceを叩きたいという衝動に勝てなかったところが非常に大きかったりする。

*3:写真用HDDもScanSnapも常時接続ではないので、必要な時だけTime Machine用HDDを外してもいいのかもしれないけど、せっかくthunderboltポートが空いているならそっちを使っちゃえばいいじゃないという想いもある。どうするかはお財布次第?

*4:他方、Appleで発注したMac miniは普通に翌日に到着したので、それはそれで印象的だった。

ランニングの記録アプリをRuntasticからRunGapに乗り換えた話

 実はひっそりとランニングをしている。相当サボっていたものの、最近本当に運動していなくて良くないことをようやく自覚したので、再開した。

 ランニングの記録は、大学院生の時からiPhoneに入れていたRuntasticを使っていた。これはスマートフォンGPS機能を使って走った距離や速度、時間などを管理してくれるアプリで、だんだん走れる距離が伸びていくのが楽しくて、ランニングが習慣化するために一役買ってくれたいいアプリだ。

 ただ、iPhoneのバッテリが劣化してくると、長時間走れなかったり、走る前/走った後にどこかに出かける用事がある場合など、バッテリ容量が足りなかったりしてきたので、2015年の冬のボーナスでsuuntoのAmbit3というランニングウォッチを買っていた。これにサクッと乗り換えてRuntasticとはおさらばかなと思っていたのだが、ちょっとした落とし穴にハマってしまった。それは、Runtasticで記録したデータを、Ambit3で記録したデータを閲覧するためのアプリMovescountに移行できなかったのである。MovescountのデータをRuntasticに取り込むことはできても、RuntasticのデータはMovescountに移行できなかった。確か仕様の問題でできなかったような記憶がある。

 MovescountのデータをRuntasticで見られるならそれでええやん、と思う人もいるだろう。自分も最初そう思っていたのだが、確かMovescountからRuntasticに取り込んだデータは、距離・時間・速度といった基本的なパラメータがうまく取り込まれなかったのだ*1。ということで、せっかくのボーナスで買ったAmbit3もほとんど使わず、結局Runtasticにせざるを得なくなったものの、バッテリが持たないとかなんとかであまり走らなくなってしまった。

 それが久しぶりに引き出しからAmbit3を発掘し、あらためてRuntasticのデータを移行できないか調べ直してみたところ、suuntoのウェブサイト上でRunGapというアプリが案内されていて、これを使えばRuntasticのデータもMovescountのデータも一元管理できそうだったので、使ってみることにした。
www.suunto.com

RunGapでのインポート

 RunGapは20以上のサービスで記録したワークアウトのデータを一括して管理できるアプリとのことである。ダウンロードしたら英語版しかなかったようでちょっと困惑したものの、記録の管理ぐらいはそんなに難しい英語は出てこないだろうと覚悟を決めて、使ってみることにした。
www.rungap.com

 ダウンロードしたらアプリを起動して、画面の左上からメニューを開き、「TOOLS」→「Accounts & Settings」をタップすることで、インポートするサービスを選べる。ここから「Suunto Movescount」や「Adidas Runtastic」を選んでログインすれば、自動でデータを同期してくれた。同期は簡単で良い。

 最初は「Accounts & Settings」の中で「Runtastic」を探していたのだけど、Rから始まるサービスの中に見慣れた青いアイコンがなく、Runtasticは連携できないと思い込んでしまった。なんとか取り込めないかと考えた結果、RuntasticからiPhoneのヘルスケアにデータを読み込んで、ヘルスケアのデータをRunGapに取り込んでいたのだけど、これだとGPSデータを取り込んでくれないため、地図上の走行ルートが見えなくてがっかりしていた。しかし、よくよく見たら「Adidas Runtastic」という緑のアイコンがあり、ここからRuntasticのアカウントでログインしたら同期することができた。どうやら、2019年に正式名称がRuntasticからAdidas Runtasticに変わっていたらしい。iPhone上で名称もアイコンも変わっていなかったので、全然気づかなかった。

変わったこと/変わらないこと

 Runtasticでは走行ルートを地図上に示す時に、走った速度を色の濃淡で示してくれたので、どのあたりでスピードが出て、どのあたりでバテたのかがわかるようになっていたのだが、RunGapに取り込んでしまうとそういう情報は捨象されてしまうらしい。ただ、個人的にはそういう情報はあまり見ていなかったので、大きな変化ではなさそう。

 それ以外だと、Runtasticの時は週/月/年ごとにワークアウトを区切って表示することができて、月間何km走ったかが分かりやすかったのだけど、iPhone版RunGapではActivitiesの画面を横に向けて表示される棒グラフでしか見ることができない模様。数値で何kmという表記はされないので、過去と比べて増えたか減ったかがおおまかにわかるという感じになりそう。これは使ってるうちに慣れるしかない。もしかしたら見る方法があるのかもしれないので、ちゃんと英語で使い方を読まないといけないかも。

*1:かなり前の記憶なので曖昧なのだが、確かこれら3つのパラメータのうちどれかがうまく連携されずによく分からない数字になっていたはず。今Runtasticを見返すとそういうデータはないのだが、変なデータは消してしまったからかもしれない。

山口慎太郎(2019)『「家族の幸せ」の経済学:データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』光文社新書

 本屋で見つけて買ってしばらく積ん読にしておいたら、サントリー学芸賞を受賞されたそうなので、年末年始で読むことにした*1
www.suntory.co.jp

 経済学っぽい新書も時々読んでいたが、本書が面白いのは結婚、出産、子育て、そして離婚という人生のいくつかのライフステージに焦点を当てて、それらを従属変数とした数多くの研究をわかりやすく紹介してくれている点にある。齢29の筆者がこれから迎えるであろうライフステージを対象にしていることもあり、終始面白く読めた。

本書は何を論じているのか?

 具体的に本書で取り上げられているリサーチ・クエスチョンには、以下のようなものがある。

第1章 結婚の経済学
・人はなぜ結婚するのか?
・どうやって出会うのか?
・どういう人同士が結婚するのか?

第2章 赤ちゃんの経済学
・出生体重は子供の将来を左右するか?
帝王切開での出産は子供の将来を左右するか?
・母乳で育てるかどうかは子供の将来を左右するか?

第3章 育休の経済学
・育休制度は国によってどれぐらい差があるのか?
・育休制度はお母さんの働きやすさにどう影響するのか?
・お母さんが育休を取って子供を育てるべきなのか?
・育休はどれぐらいの期間必要なのか?

第4章 イクメンの経済学
・なぜお父さんは育休を取らないのか?
・お父さんが育休を取るためにはどうすればよいのか?
・お父さんが育休を取るようになるとどういう効果があるのか?

第5章 保育園の経済学
・幼児教育を行うと子供にどのような影響があるのか?
・幼児教育を行うと親にどのような影響があるのか?

第6章 離婚の経済学
・離婚が多い国はどこなのか?
・離婚法が変わるとどのような影響があるのか?

 本書では以上のような問いに答える研究を紹介していくのだが、なかなか因果関係を明らかにするところまで至っていないのが、難しいところである。

 第2章で帝王切開とその後の発育状況についての研究を紹介しているが、世の中には様々な母子がいる中で、「帝王切開した/帝王切開しなかった」という変数だけが異なる家庭を観察することは事実上不可能といえる。帝王切開を行うことによる傾向は見出されても、なぜそうなるのかという因果関係の特定まで行えるような研究を、倫理的な観点もクリアさせながら設計するのは難しいようである。

 第5章でも、保育園などでの幼児教育とその後の影響についての研究を紹介しているが、ここでは被験者を無作為に抽出することで、注目する変数以外はコントロールできているものとみなしている。とはいえ、無作為抽出で大規模な追跡調査まで行えるようなプロジェクトは1人の研究者では到底遂行できないので、体力のある研究機関でプロジェクトとして立ち上げなければならない。このあたりの資金確保やプロジェクトマネージメントができる人材がいないと、因果関係まで明らかにできるような研究の設計には至らないのかもしれない。

幸せな家族になるために?

 さて、家族を主題にした研究を紹介している本書から、何を学んだか。いかにして幸せな家族になるのか。

 1つは、ミクロな幸せをどうやって実現するかという点。それぞれの家族にとって、どういう状態が幸せかは教えてくれない、ということである。どこで出会う人が多いかを知っても、自分がそこで未来の配偶者と出会えるかどうかは別の話である。子供の出産方法・両親の育休・幼児教育で発育にどのような影響があるかという一般的な知見を得ても、生まれてくる子供をそのように育て(られ)るかは別の話だし、そのように育てたら幸せなのかというと、それはまた別の話になってしまう。結局、どういう状態にあるのが幸せなのかは未来の配偶者と2人で決めることなのだ。そこで見出した「幸せ」を実現するために本書の知見は活きるかもしれないが、その選択肢を取ったことで幸せになれるのかは誰にも分からない。ミクロな幸せは一般的な傾向を知っても実現できるとは限らない。

 もう1つは、マクロな幸せをどうやって実現するかという点。他国の傾向と因果関係を理解すれば、国民に幸せを実現してもらうためにどのような政策を立案するべきかを検討する際の知見として活かせるだろうということである。個々の家族が幸せになっているかどうかは分からないにせよ、幸せだと感じている家族を増やすために政策を打つことはできる。思いつきの政策ではなくて、他国の事例の実証的な知見に基づいた政策を行うことができれば、期待した効果が得られる可能性は高まるはずだ。「国民にとってどのような状態が幸せなのか」ということを考える人にこそ読んでもらいたい本かもしれない。

*1:善教将大(2018)『維新支持の分析:ポピュリズムか,有権者の合理性か』有斐閣も買っているので、なんだかんだ重要な本は手に入れてるんだなあ、などと思った次第。買うだけじゃなくて読めというご指摘はありがたくいただきます。

塩谷歩波(2019)『銭湯図解』中央公論新社

何を求めて銭湯へ?

 前から読もう読もうと思っていた『銭湯図解』をようやく読んだ。

銭湯図解

銭湯図解

 サウナにハマった影響もあり、ひそかに近所の銭湯にもちょくちょく通っていた。だが、それは「安くサウナに入れるから」であって*1、「お風呂目当てで銭湯に行く」というのはほとんどなかった。行ってみたいと思う銭湯はいくつかあっても、あくまでも「サウナがいい」という評判を聞いたからこそ行ってみたいのであって、極端なことを言えば「サウナと水風呂のために行きたい」という感じだった。つまるところ、筆者は「ととのい」を求めているのであって、露天の外気浴スペースや休憩用の椅子も充実してはいないであろう銭湯を積極的求めていくことは、ほとんどなかった*2

 ただ、本書を読んで、今までもったいないことをしていたな、という思いに駆られた。サウナがなくても、銭湯単体で十分魅力があることを、本書は教えてくれるのである。特に、「図解」と銘打ってあるように、銭湯の内部を著者自らが描いた絵で見せてくれるのが本書の特色だ。建築学科出身という強みを生かし、アイソメトリック*3という手法を使って、銭湯の内部が立体的に描かれている。

見て楽しむ銭湯

 銭湯といえば、青空を背景にそびえたつ富士山のイメージを持っている人が多いのではないだろうか。筆者もそうだ。だが、本書を読むと、必ずしもそうではないことがわかる*4

 ピンクなどポップな色合いで富士山が描かれている鶯谷・萩の湯や、富士山の上からKEEP LUCK YOUという文字を大きく入れた川口・喜楽湯、横山大観の絵画をモチーフにした黄色い富士山がある町田・大蔵湯など、富士山だけでも豊かなバリエーションがある。銭湯の富士山は青色というのが、いかに先入観に満ちているかがよく分かる。

 また、武蔵境の境南浴場には大きな鳥のタイル画があったり、徳島・昭和湯には「津田の盆踊り」を踊るたぬきが描かれていたり、絵を見にいくために行ってみたい銭湯が出てくるとは思いもしなかった。

 絵画だけではない。蒲田・桜湯のように、春には桜を楽しめる銭湯や、ゴージャスな装飾で彩られた船橋・クアパレスなどもピックアップされていて、銭湯が視覚的に楽しめる場所だということを存分に伝えてくれる本に仕上がっている。

入って楽しむ銭湯

 本書を読んで気づいた点の1つが、銭湯はやはりお風呂が充実しているということだ。サウナ巡りをしていると、スーパー銭湯からサウナ施設まで色々足を運ぶのだが、特にサウナ施設の場合はサウナと水風呂がメインになっており、浴槽自体は何種類もあるわけではない*5。それに対して、本書で取り上げられている銭湯は、色々な趣向を凝らした面白い浴槽が楽しめるようになっている。

 比較的よくあるのは、東京近辺ではよく見られる黒湯の天然温泉だろう。その他にも、漢方や入浴剤などが溶け込んだ薬湯などもある。読んでて面白いのは、薬湯が時期によって変わったりすることだ。1か月の予定などが張り出されていたりするそうで、何度も入りにいく楽しみがある。

 特に楽しそうなのは、スカイツリーのお膝元、墨田区の薬師湯だ。薬師湯の「タワー風呂」は、時間によって濾過器に入れる入浴剤を変えることで、スカイツリーのライティングに合わせてお湯の色が変わる仕掛けになっているのだとか。その他にも、ココナッツ・唐辛子・生姜・パクチーなどに入浴剤を混ぜた「トムヤムクン湯」という想像すらつかない湯船を作り上げたりしているそうで、怖いもの見たさで入ってみたくなる*6

入浴後に楽しむ銭湯

 意外だったのは、入浴後も楽しめる銭湯が色々あることである。銭湯というのはお風呂に入りにいくところであって、お風呂から上がったらそのまま帰るものだとばかり思っていたが、実は必ずしもそうではないらしい。銭湯神ことヨッピーが鶯谷・萩の湯で入浴後に酒とつまみで一杯やっている記事を読んだことがあるが、これは萩の湯が超ハイスペック銭湯であるがゆえの例外だと思っていた(もちろん本書でも取り上げられている)。

 いくつかあったのが、食堂が併設されていてご飯を食べられる銭湯だ。ドラマ『サ道』にも出てきた杉並・ゆ家和ごころ吉の湯では生ビールが飲めておつまみまでついてくること、桜館や蒲田温泉には食堂だけでなくカラオケが置いてあって自由に歌えること、などお風呂上がりに胃袋までガッチリ掴んでくるタイプの銭湯があって、これはもはやスーパー銭湯なのでは(とは言いつつ料金が普通の銭湯価格だったりするので驚き)、と思わざるを得なかった。

 他にも、ギャラリーが併設されている高円寺・小杉湯、縁側で高瀬川の風に吹かれながら休める京都・サウナの梅湯、畳敷きの待合室でクラフトビールが飲めちゃう大崎・金春湯など、もはやお風呂上がりも楽しめるエンタメ施設として進化した銭湯がたくさんあることを知ってしまったのである。

お出かけついでに銭湯に行こう

 いやはや、なんというか本書を読んで銭湯に対する見識のなさが色々わかってしまう一冊だった。ここまで銭湯で楽しめそうだということがわかると、銭湯を目的にお出かけすることもできてしまう。本書で取り上げられている銭湯はシャンプーやボディーソープの類も備え付けてくれているところも多いようなので*7、近くに行く用事のついでにフラッと立ち寄れそうなのがありがたい。せっかくの秋なので、イベントに対するアンテナも高くして、出かけついでに銭湯でひとっ風呂浴びてみるのもいいかもしれない。でも最近一気に冷えてきたので、帰り道の湯冷めには気をつけなければ。

 銭湯はいいぞ〜〜〜

*1:マイホーム銭湯の場合、入浴料金+100円でサウナに入れるので、8〜900円払うスーパー銭湯より安いのである。

*2:職場の先輩と、仕事帰りに銭湯で温冷交互浴をしたことはあった。

*3:「立体を斜めから見た図を表示する方法のひとつで、等角投影図のこと。本来は、三方の軸がそれぞれ等しい角度(120度間隔)で見えるように立体を投影するものですが、「銭湯図解」ではそれぞれの銭湯によって角度を変えています」(p.14)。

*4:もちろん、著者である塩谷さんのホーム銭湯、高円寺・小杉湯もそうだし、北千住・大黒湯を筆頭に、前半から富士山絵の銭湯もたくさん出てくる

*5:浴槽の3倍以上の水風呂を有する笹塚マルシンスパは極端なパターンとしても、新橋アスティルも浴槽は1つだけ、サ界の聖地ことサウナしきじも薬湯とノーマル浴槽の2つなので、スパを売りにしていないサウナは基本的に浴槽の数が少ないと思う。と書いておきながら、あるところにはあるような気もしてきた。

*6:唐辛子ような刺激物が入っていると、草加健康センターよろしくチンピリしそうでちょっとこわい。

*7:基本的に、銭湯にはシャンプーやボディーソープは備え付けられていなくて、利用者が自分で持参するものだと思う。ドライヤーも3分10円だったりするので、スーパー銭湯と同じノリで行くと困るケースが多いような気が。

万年筆には同じメーカのインクを入れるべきなのかもしれない

 大学生の頃に万年筆を買って以来、少しずつ買い足して、何本か所持している。初めて買ったのはLAMYのAlstarで、その後無印良品で売っていた鉄ペンを買い*1、その後初めての金ペンとしてParkerのSonnetを買った。

 Sonnetにはコンバーターが付いていたこともあって、初めてのボトルインクを買うことにした。特に深い理由はなかったと思うが、買ったインクは確かセーラーのジェントルインクで、色はブルーブラックだった。早速コンバーターで吸引してみたのだが、どうにも書き心地が気に入らない。金ペンの書き心地はクセになる、次第にイリジウムが削れて馴染んでくる、という前評判を聞いていた割にはAlstarとの書き心地の違いがよくわからないし、書いていてもなんだかザラザラした感じがする。「あれ、金ペンの書き心地ってこんなもの?」と思ってしまい、どうにも普段使いするまでに至らなかった。しかも、インクがすぐ乾いてしまうことに定評のあるParkerのSonnetである。少し経って気が向いたから使ってみようか、と思った時にはインクが出ない。そんなことを数回繰り返しているうちに、面倒になって放置してしまった。

 それから7〜8年経った先日、思いがけずペン立てにSonnetが挿さっているのを見つけてしまった。まだ書けるだろうか、と思ってぬるま湯に浸けてみると、すぐに中からインクが溶け出してきた。ぬるま湯を入れ替えながら何日か置けば、また復活するのではと思い立ち、試してみた。3〜4日でインクが出なくなったので、文具屋に繰り出してParkerのQuinkカートリッジインク黒を買ってきた。帰宅してわくわくしながらカートリッジを挿して、インクが充填されるのを待つ。そして書く。

 すると、以前の書き心地が気に入らなかったのが嘘のように、なめらかにペンが走る。たまたま手元にあったコピー用紙の上を、するするとペンが滑っていく。なんだこの書き心地は?何かを書かなければならないわけではないが、このまま文字を書きたくなる。おもむろに手がとどく範囲にあった本を開き、目についた文章をとりあえず書いてみた。書ける。これは書きやすい。

 何がきっかけでこんなに書きやすくなったのか。理由はよく分からない。もしかしたら、単純に時が経ったことで、Sonnetのような書き心地のペンが好きになっただけかもしれない。でも、なんとなく万年筆とインクのメーカーを合わせたのが理由なんじゃないか、と勝手に思っている。メーカーがインクを開発する時にも、自社のペンで最良のパフォーマンスを発揮できるようにしているというのも聞くし。

 結果的に、久しぶりに万年筆をとって、同じメーカーのインクを入れた結果、すごく書き心地が良くなってしまったので、職場でもメモをとる量がめちゃくちゃ増えてしまった。スケジュール帳のtodoリストも、書記役で参加した打ち合わせの議事メモも、電話の伝言も、とにかく職場で物を書く量が増えた。インクを入れてからまだ1か月も経っていないのに、カートリッジのインクがなくなりそうだ。これはボトルインクを買った方がいいかもしれない。

*1:結局あまり使わずにすぐに処分してしまった記憶がある。細身の鉄ペンだったので、ガリガリ書けるのはメリットだったのだが、もともと筆圧の強かった筆者が使うとすぐに疲れてしまい、試験の答案用紙を書くのに数回使ったっきりだったと思う。

奨学金を完済したらお金が返ってきた話

 筆者は大学〜大学院にかけて、日本学生支援機構奨学金を借りていた。ちょっと前だが、大学院の分の奨学金を完済したら、思いがけずお金が返ってきたので、その話を記事に書いておきたい。

借りてきた奨学金

 学部〜大学院に行くのに、日本学生支援機構から以下の金額を借りていた。

学部

日本学生支援機構の第2種奨学金(有利子)で50,000円/月×48か月=2,400,000円
※うち104,352円を機関保証料として4年次に振り込み*1

返済額は14,518円/月で、最終返済日は2030年9月27日の予定だ。
ちなみに年利は1.08%だった。

大学院

日本学生支援機構の第1種奨学金(無利子)で88,000円/月×24か月=2,112,000円
※うち3,593円×24か月=86,232円が機関保証料として天引き

大学院は無利子かつ成績的に半額免除となったので、返済額は1,056,000円。
返済額は12,571円/月で、最終返済日は2022年9月27日の予定だった。

 このうち、独身寮にいた時代に貯め込んでいた分と、その年の夏の賞与を8割方突っ込めば大学院の分は完済でき、毎月の返済の負担が減ることから、まずは大学院の分を完済してしまうことにした。

完済したらお金が返ってきた

 有利子の奨学金を完済したら利子を余計に払わなくて済む分、返済総額が減ることは理解していたので、本来は学部の奨学金を返してしまいたかったのだが、毎月の返済総額を減らすことを優先して無利子だった大学院の分を返済することにした。

 完済後に日本学生支援機構から「奨学金返済完了のお知らせ」という葉書が届いて、これで満足していた。そうしたら、1か月後ぐらいに、財団法人日本国際教育支援協会というところから封書が届いた。開封してみると、書面には「保証料返戻通知書」とある。読むと、繰り上げ返済したことによる保証料の返戻があるのだとか。その額なんと61,545円。大学院の保証料の総額が86,232円だから、7割強が戻ってきた計算になる。

 どうやら、毎月払っていた保証料は、借りていた総額の2,112,000円を完済するまでの期間の保証料なのだそうである。繰り上げ返済して保証する期間が短く済んだため、保証しなくて済んだ期間の保証料は返戻してくれるのだとか。7割強が返ってきたということは、本来保証するべき期間の3割弱で完済してしまったということらしい。ともかく、早期完済してしまったことで、思わぬ臨時収入が入ってきたのである。

 というわけで、機関保証の奨学金を繰り上げ返済したらお金が戻ってきたお話でした。繰り上げ返済の体験談などないかと思って、完済前に少しgoogleで調べてみたものの、お金が戻ってきた話はあんまり見当たらなかったので、1年前のことを思い出して書いてみた次第。

 もちろん、生きていく上で必要な貯蓄はあると思うので、返済してもしばらく生きていける分ぐらいのお金は残しておいた方がいいものの、返せるなら返してみる方がいいかもしれない。学部の分を今前倒しで完済すると貯蓄がなくて死んじゃうのだけど、こちらもお金が貯まってきたら繰り上げ返済してしまいたい。

*1:高3時点で祖父を保証人とした人的保証として申請したのだが、祖父は保証人として適格でなく、その他に保証人がみつからなかった関係で、申請後に機関保証に変更せざるを得なかった。どうやら途中から機関保証に変更すると、保証料が天引きされないらしい(2009年時点。今がどうかは知らない)。そのため、4回生の2月に財団法人日本国際教育支援協会というところに、保証料として2,174円/月×48か月=104,352円を振り込んだ。